先日、息子の学校で弁論大会がありました。

選抜で残った人が全校生徒の前で自分の主張をする機会です。

最近の学校行事は、ほとんどYouTubeやZoomでも配信をしてくれるので、

家にいながら行事に参加することも多くなりました。

弁論大会に出場した弁士たちのテーマは自由となっており、

各自が自己分析したことを筋道を立てて、全校生徒に伝えます。

私もYouTube配信で、彼らの話を聞いていました。

テーマが自由なので題材が被ることはありません。

人が考えていることや、興味のある事柄がこんなにも違うことに

気が付きました。多様な生き方を認め合いながら、世の中が成り立って

いることを改めて感じました。そして弁論のテーマはそれぞれ違っても、

主張の仕方は主に2種類だということがわかったのです。

自分が心から好き、楽しいと思っていることを話す弁士、

普段から疑問に思っていることや、失敗をして得た教訓、苦手なことを

調べたり分析しながら話す弁士の2パターン。

これはどういうことかというと、前者の弁士は天性で生きていて

誰にも負けない得意なもので勝負していけるタイプで、後者の弁士は

困難にぶち当たった時(苦手なものがあった時)、それを克服するためには

どうしたらよいか、努力して結果を出すタイプということです。

2パターンに分けましたが、天性で生きるタイプはほんの一部で、ほとんどが

努力型です。弁論を聞いていると、天性タイプの話は自分の「楽しい」を明るく表現

するので、パッと華やかでついつい引き込まれてしまうのですが、努力型タイプの話は

じっくり聞いて「なるほど、そういう考えもあるな。」と思えるものが多くありました。

この大会は全校生徒が「論旨」「話し方」「態度(目線や表現)」の3つの項目ごとに採点し、

その合計点が高かった人から順位が決まる仕組みとなっています。

1位は華やかに話す天性タイプの弁士でした。確かに夢を与えてくれるようなワクワクする

内容で、聞いていて不快に思う人は多くないでしょう。

しかし息子が帰宅し、この弁論大会の採点表をみせてもらうと、息子は1位の弁士よりも、

自分なりの努力・分析を伝える努力型の弁士に高い評価をしていました。

おそらく努力型の方が、自分に響くものがあったのでしょう。努力型の弁論には

「色々困難(疑問)があったけど、自分なりにこうした方がいいと思った。」というように

暗闇→明るい未来を見出すものがあり、息子もそれを感じたのだと思います。

天性の力をもつ天才型だったらどんなにいいだろう・・・。でも、たくさん失敗して

考えて、自分なりの結果を出す方がドラマティックで楽しいかもしれない、と

思えた出来事でした。私も日々努力の人です。。。

おすすめ:

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です